弁護士コラム

ベンチャー法務における転換予約権と希薄化防止条項のポイント

ベンチャー法務
執筆者
弁護士 宮崎晃

弁護士法人デイライト法律事務所 代表弁護士

保有資格 / 弁護士・MBA・税理士・エンジェル投資家

ベンチャー法務における転換予約権と希薄化防止条項について、当事務所企業法務部ベンチャー法務チームの弁護士が解説します。

 

なぜ普通株式への転換が必要なのか

ベンチャー投資家は、ベンチャーがIPOを果たした際、持株を市場で売買して投資のリターンを回収するのが通常です。

ここで、投資家が持つ優先株式は、普通株式に転換するのが通例です。

なぜなら、上場した後に複数の種類の株式があると、一般投資家にわかりづらく、証券会社がそのベンチャーの株式を売却しにくくなると考えられるからです。

投資家にとっても、できるだけ高値で持株を売却したいはずなので、普通株式へ転換するインセンティブがはたらきます。

 

種類株式の活用

優先株式を普通株式へ転換する方法として、種類株式が活用されています。

すなわち、会社法は、「株主が当該株式会社に対してその取得を請求することができる」種類株式(「プットオプション」といいます。)の発行を認めています(会社法108条1項5号)。

また、会社が当該種類株式を取得する対価として、普通株式を交付することが可能です(会社法108条2項6号ロ)。

すなわち、会社が優先株式を「取得」して、普通株式を「交付」するため、「転換」となります。

 

取得請求権付株式の発行要領

会社が取得請求権付株式を発行するとき(ここでは普通株式に転換する場合を前提とします。)、以下の内容について、原則として定款で定めなければなりません(会社法108条2項5号)。

①株主が当該株式会社に対して当該株主の有する株式を取得することを請求することができる旨
②株主が当該株式会社に対して当該株式を取得することを請求することができる期間
③当該種類の株式一株を取得するのと引換えに当該株主に対して当該株式会社の他の株式を交付するときは、当該他の株式の種類及び種類ごとの数又はその算定方法
④発行可能種類株式総数

定款ただし、会社は、上記について、当該種類の株式を初めて発行する時までに、株主総会等(※)の決議によって定める旨を定款で定めることができます。

この場合はその内容の要綱を定款で定めなければなりません(同法108条3項)。

※取締役会設置会社は株主総会又は取締役会、清算人会設置会社は株主総会又は清算人会

【定款記載例】

第◯条(株主の取得請求権)
A種優先株主は、いつでも、保有するA種優先株式の全部又は一部につき、会社がA種優先株式を取得するのと引換えに、会社に対して、次の算定方法により算出される数の普通株式を交付することを請求することができる。ただし、1株未満の端数が生じた場合はこれを切り捨て、金銭による調整を行うものとする。

A種優先株式の基準価格÷取得価格

2 上記の算定方法の「基準価格」及び「取得価格」は、当初◯◯円とする。

 

弁護士上記はあくまでサンプルです。

具体的な状況によって、定款に記載すべき内容は異なります。

くわしくはベンチャー法務に強い弁護士へご相談されることをおすすめします。

 

希薄化防止条項のポイント

優先株式を普通株式へ転換する場合、上記の定款例のとおり、当初は、取得価格と基準価格を同額として設定し、1対1で転換するのが通常です。

例えば、当初の投資額が 1株 1万円で、「基準価格」と「取得価格」を当初 1万円とした場合(通常、発行価額と同額で設定します。)、1株のA種優先株式は 1株の普通株式に転換します。

ところが、その後、取得価格を下回る発行価額での新株発行が実施されることがあります。この場合、A種優先株式を取得した投資家は不利益を被る可能性があります。

電卓

具体的に見てみましょう。

例えば、普通株主が 500株を持っているベンチャーに、VC(ベンチャーキャピタル)1(A種優先株主)が 1万円の株価で 1000株投資した後VC2(B種優先株主)が 1株 5000円で 1200株投資した場合を例に上げてみます。

VC1出資時の企業価値
1万円 × 1500株 = 1500万円
VC2出資時の企業価値
5000円 × 2700株 = 1350万円
シェア:VC1は全体の約37%、VC2は約44%

ポイントこのように後から来た投資家への発行価額が下がるのは、通常はその企業を取り巻く状況が悪化しているからです。

しかし、VC1としては、後から来たVC2に安い金額で、シェアを奪われることとなるため、納得考えられない可能性があります。

そこで、以下はこのような希薄化を防止するための方法を検討します。

加重平均法式

まず、VC2の新たな投資で薄まった企業価値を、全体で加重平均した価格で、VC1の株式数を調整する方法が考えられます。

調整後取得価格 =(既発行株式数 × 調整前取得価格 + 新発行株式数 × 1株当り払込金額)/(既発行株式数 + 新発行株式数)

この方法により、優先株式1株に対して転換して発行される普通株式は 1株以上に増加するため、将来のファイナンスによる希薄化が防止できます。

さらに、この「既発行株式数」の数として、新株予約権等の潜在株式を含めない方式(ナローベース)と、含める方式(ブロードベース)があります。ベンチャーにとっては、調整がより緩やかとなるブロードベースの方が有利といえます。

(1500 × 1万円 + 1200 × 5000)/(1500 + 1200)≒ 7777

上記のとおり、加重平均法式によると、A種優先株の調整後取得価格は 7777円となります。

したがって、転換の際には、A種優先株式 1株に対して、普通株式 約1.2858株(= 1万円 ÷ 7777円)が発行され、A種優先株式 1000株は、転換後は 約1285株となります。

フルラチェット方式

加重平均法式に比べて、より投資家を保護する方法もあります。

それがフルラチェット方式と呼ばれるものです。

これは、転換価額以下の新規発行があった場合、新規発行の払込金額そのものに転換価額を変更するという方式です。

この方式では、上記の例では、A種優先株主の調整後取得価額は、B種優先株主の払込金額である 5000円となります。したがって、転換の際には、A種優先株式 1株に対して、普通株式 2株(=1万円 ÷ 5000円)が発行され、A種優先株式 1000株は、転換後は 2000株となります。

このフルラチェット方式は、A種優先株主は、将来の企業価値下落に伴うダウンサイド・リスクから完全に遮断されることとなり、投資家保護の要請が求められる場合に適しています。

したがって、会社のバリュエーションがかなり高くなっていて、ダウンラウンドのリスクが高いディールなどの場合に活用が考えられます。

 


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