弁護士コラム

社会保障協定の効果と国際交流の促進

その他
執筆者
弁護士 堀尾雅光

弁護士法人デイライト法律事務所 弁護士

保有資格 / 弁護士

日中社会保障協定を中心に

日中社会保障協定の発効・効果

昨年の令和元年9月1日から、「社会保障に関する日本国政府と中華人民共和国政府との間の協定」(いわゆる「日中社会保障協定」)という国際条約が発効(条約の法的効力が発生)しています。

従来、日中両国の企業等から、それぞれの相手国に一時的に派遣される企業駐在員等の被用者等に対しては、日中両国において年金制度へ加入することが義務付けられていたことから、派遣期間中の年金保険料について、両国に二重払いをしなければならない、という問題が生じていました。

そこで締結された国際条約が、この日中社会保障協定です。

この協定は、上記の年金保険料の二重払いの問題を解決することを目的として締結されたものであり、この協定の規定により、派遣期間が5年以内の一時派遣被用者は、原則として、派遣元国の年金制度にのみ加入することとなります。

これを具体的にいうと、たとえば、日本から中国に対し、5年以内の期間において一時的に派遣される被用者は、日本の年金制度に加入してその年金保険料のみを支払えば足り、今後は、中国の年金制度への加入やその年金保険料の支払いはしなくて済むようになった、ということです。

日中社会保障協定の発効により、年金保険料の二重払いの問題が解消され、企業駐在員等にとって、年金保険料の負担が軽減されるだけでなく、企業にとっても、年金保険料の負担や事務手続きの負担が軽減されることになりましたから、日中間で派遣される駐在員等や、駐在員等を派遣する企業にとって、きわめて喜ばしい変化です。

 

日中社会保障協定の今後

今後は、日中社会保障協定の発効により、駐在員等や企業の負担が軽減されたことから、日中両国の経済交流及び人的交流が一層促進されることになるでしょう。

以下、日中社会保障協定を中心に、社会保障協定の内容・効果について、詳しくご説明していきたいと思います。

 

 

社会保障協定一般の内容・効果は?

まず、「社会保障協定」と呼ばれる国際条約一般について、ご説明いたします。

社会保障協定の締結が必要とされる問題状況

今後、これまで以上に国際的な経済的・人的交流が活発化し、企業としても、海外への駐在員等の派遣や、海外からの駐在員等の受け入れが、一層増加していくことが予想されます。

このような企業駐在員等の派遣・受け入れに伴い、社会保障制度に関して発生する問題として、以下の2つがあります。

年金保険料の二重払いの問題

1つ目の問題は、国境を越えて駐在員等を派遣する場合、その駐在員等は派遣先国の社会保障制度にも加入する必要があることから、派遣元の社会保障制度の年金保険料と派遣先の社会保障制度の年金保険料を二重に負担しなければならない場合が生ずる、というものです。

 

年金加入期間を通算できず、年金を受給できないという問題

2つ目の問題は、日本や海外の年金を受給するためには、一定期間、その国の年金に加入を継続していなければばならない場合があることから、その一定期間に満たない期間において、国境を越えて就労し、その国の年金保険料を負担したとしても、加入期間が足りないためにその国での年金受給ができない、というものです。

すなわち、その国で納付した年金保険料は掛け捨てになってしまう、ということです。

そこで、このような2つの問題を解消するために国家間において締結されているものが、一般に「社会保障協定」と呼ばれる条約です。

 

社会保障協定の一般的内容

上記の問題を解消するため、社会保障協定は、一般に、次のような2つの内容の規定を持っています。

年金保険料の二重払いを防止する規定

1つ目は、年金保険料の二重払いを防止するため、企業駐在員等が加入するべき社会保障制度を一方の国に限定する規定です。

具体的には、日本が締結している社会保障協定の場合、以下の内容です。

  1. 派遣期間が5年を超えると見込まれる場合には、原則として派遣先の社会保障制度に加入し、派遣元の制度からは加入を免除する
  2. 派遣期間が5年を超えないと見込まれる一時派遣の場合には、派遣元の社会保障制度への加入を継続し、派遣先の制度からは加入を免除する

 

年金加入期間を通算する規定

2つ目は、上記①の年金保険料の二重払いを防止する規定を前提として、派遣元国・派遣先国のそれぞれにおける年金加入期間を通算することを認める規定です。

これにより、加入期間条件を満たさないことによって年金が受給できない事態をできる限り防止することができるようになります。

 

日本と各国との社会保障協定の締結状況

令和元年10月1日時点におけるデータとなりますが、日本と各国との社会保障協定の締結・発効状況は、以下のリストのとおりです。

日本は、合計23か国と社会保障協定を締結・署名済みであり、そのうち20か国についてはすでに発効しています。

残りの3か国については、社会保障協定を締結・署名済みではあるものの、未だ発効していないため、現段階では法的効果は発生していない状況です。

そうすると、日本とこの20か国との間では、以下の2つが有効です。

① 年金保険料の二重払いの防止

② 年金加入期間の通算

※ただし、イギリス、韓国、イタリア及び中国の4か国との間では、①のみの規定となっています。

翻っていうと、それ以外の国々との関係では、年金保険料の二重払いや年金制度への加入期間の通算ができないという問題が未だに残存しているということです。

社会保障協定が発効済みの国(20か国)

ドイツ、イギリス、韓国、アメリカ、ベルギー、フランス、カナダ、オーストラリア、オランダ、チェコ、スペイン、アイルランド、ブラジル、スイス、ハンガリー、インド、ルクセンブルク、フィリピン、スロバキア、中国

社会保障協定を締結・署名済みだが、未発効の国(3か国)

イタリア、スウェーデン、フィンランド

 

 

派遣先・派遣元企業や駐在員等において必要な手続きは?

それでは、社会保障協定を締結している相手国に駐在員等を派遣したり、逆に駐在員等を受け入れたりする場合に、派遣先・派遣元企業や駐在員等の個人としては、どのような手続きを取る必要があるのでしょうか。

日本から協定相手国への一時派遣(5年以下の期間)の場合

この場合、派遣元である日本の社会保障制度の加入を継続し、協定相手国における社会保障制度への加入を免除してもらう必要があります。

そのため、派遣される駐在員等の日本における事業主が、年金事務所から、駐在員等が日本の社会保障制度に加入していることを証明する「適用証明書」の交付を受ける、という手続きが必要です。

具体的な手続きとしては、以下のとおりとなります。

派遣される駐在員等の日本における事業主が、年金事務所に、「適用証明書交付申請書」を提出する年金事務所が審査し、申請が認められた場合には、適用証明書が交付される

派遣された駐在員等が、協定相手国内の事業所に、適用証明書を提出する

協定相手国の行政当局に適用証明書の提示若しくは提出を求められる場合、又は協定相手国の社会保障制度に加入していない理由を尋ねられる場合があるため、その際には適用証明書を提示又は提出する

 

日本から協定相手国への長期派遣(5年を超える期間)の場合

この場合、年金保険料の二重払いを避けるため、協定相手国の社会保障制度のみに加入することになります。

そのため、派遣される駐在員等の日本における事業主が、駐在員等の厚生年金保険及び健康保険の「資格喪失届」を、年金事務所に届け出る手続きが必要です。

この場合、資格喪失届の備考欄には、「社会保障協定による喪失」と記入することになります。

また、協定相手国の社会保障制度への加入は派遣先の事業所から行うことになりますが、日本の年金事務所に対して、協定相手国の社会保障制度へ加入した旨が分かる書類を提示する必要があります。

 

協定相手国から日本への一時派遣(5年以下の期間)の場合

この場合、派遣元である協定相手国の社会保障制度の加入を継続し、派遣先である日本の社会保障制度への加入を免除してもらう必要があります。

そのため、協定相手国(派遣元)の事業主が、協定相手国の社会保障制度に加入していることを証明する「適用証明書」の交付を受ける、という手続きが必要です。

具体的な手続きとしては、以下のとおりとなります。

協定相手国(派遣元)の事業主が、協定相手国の実施機関に、適用証明書の交付申請をする

実施機関が審査し、申請が認められた場合には、適用証明書が交付される

来日後、駐在員等が、日本の事業所に、適用証明書を提出する

日本の年金事務所が適用証明書の提示を求める場合、又は調査の際に日本の社会保障制度に加入していない理由を尋ねる場合があるため、その際には適用証明書を提示又は提出する

 

 

協定相手国から日本への長期派遣(5年を超える期間)の場合

弁護士この場合、年金保険料の二重払いを避けるため、日本の社会保障制度のみに加入することになります。

そのため、派遣される駐在員等の日本における事業主が、厚生年金保険及び健康保険の「資格取得届」を、年金事務所へ届け出る手続きが必要です。

なお、駐在員等が帰国する際には、派遣される駐在員等の日本における事業主が、 「資格喪失届」を、年金事務所へ届け出る手続きが必要です。

 

 

日中社会保障協定の内容・効果は?

以上は、社会保障協定一般についてのご説明でしたが、次に、日中社会保障協定の具体的な内容・効果についてご説明いたします。

内容・効果は二重払い防止規定のみ

日中社会保障協定は、全20条からなる条約ですが、その核心規定は、以下に掲示する第5条及び第6条です。

  • 第五条 一般規定
    この協定に別段の定めがある場合を除くほか、一方の締約国の領域内で被用者として就労する者については、その就労に関し、当該一方の締約国の法令のみを適用する。
  • 第六条 派遣される者
    1 一方の締約国の法令に基づく制度に加入し、かつ、当該一方の締約国の領域内に事業所を有する雇用者に当該領域内で雇用されている者が、当該雇用者のために役務を提供するため、その被用者としての就労の一環として当該雇用者により他方の締約国の領域に派遣される場合には、その就労に関し、当該被用者がなお当該一方の締約国の領域内で就労しているものとみなして、その派遣の最初の五年間は当該一方の締約国の法令のみを適用する。
    2 1に規定する派遣が五年を超えて継続される場合には、両締約国の権限のある当局又は実施機関は、当該派遣に係る被用者に対し、1に規定する一方の締約国の法令のみを引き続き適用することについて合意することができる。

 

まず、第6条第1項は、日中間における5年以下の一時派遣については、派遣元(第6条第1項でいう「当該一方の締約国」)の社会保障制度のみに加入することとする規定です。

そうすると、第6条第1項の反対解釈及び第5条に基づいて、5年を超える長期派遣については、派遣先(入り組んでいますが、第6条1項でいう「他方の締約国」及び第5条でいう「当該一方の締約国」がこれに該当します。)の社会保障制度のみに加入することが原則となります。

もっとも、第6条第2項は、 5年を超える長期派遣について、両国の協議・合意に基づき、派遣元の制度のみへの加入という第6条第1項の効果を延長することができる旨を定めています。

すなわち、申請に基づき、両国の関係機関間で協議し合意した場合には、派遣先の制度への加入免除期間の延長が認められる場合があります。

ただし、その場合でも、その延長期間は原則として5年を超えない期間とされています。

 

年金加入期間の通算規定はなし

弁護士なお、日中社会保障協定は、上記の二重払い防止規定が核心的な内容であり、年金加入期間の通算については規定が設けられていません。

すなわち、日中間においては、年金制度への加入期間の通算ができないという問題が未だに残存しているということですので、ご注意ください。

補足:中国から技能実習生を受け入れる場合はどうなる?

技能実習生についても、日中社会保障協定の適用調整対象となり得ます。

具体的には、以下の通りです。

  • ① 中国の年金制度(被用者基本老齢保険)に強制加入していない技能実習生
    …就労地国である日本の年金制度のみに加入することとなる。
  • ② 中国の制度に強制加入したまま中国の雇用主により日本に派遣されて就労する技能実習生
    …日中社会保障協定による適用調整対象となり得る。すなわち、日本の年金制度の加入は免除される。

なお、中国の制度に任意加入している技能実習生については、日本の年金制度の加入免除の対象とはならず、加入の必要性があります。

 

 

国際交流の促進と在福企業の海外進出に向けて

以上のとおり、日中社会保障協定の発効により、今後、日中両国の経済交流及び人的交流が一層促進されることになるでしょう。

在福企業の皆さまにおかれましても、本稿により社会保障協定を正しく理解し、中国進出・海外進出にお役立ていただければ幸いです。

弊所は、企業にとって最適なリーガル・サービスを提供するため、様々な顧問サービスをご用意しております。

日本企業の海外進出・海外撤退に関するサポートは、デイライト法律事務所の企業法務チームまで、お気軽にご相談ください。

くわしくは、こちらをご覧ください。

 

 


カテゴリ「その他」の弁護士コラム

企業の相談は初回無料 企業の相談は初回無料