応召義務とは?違反となるケースと患者への対処法

監修者:弁護士 西村裕一
弁護士法人デイライト法律事務所 パートナー弁護士

応召義務とは

応召義務(おうしょうぎむ)とは、医師や歯科医師が患者から診療を求められた際、正当な理由がない限り、その診療を拒めない義務のことです。

医療は人の生命や身体に直結する公共性の高いサービスなので、このような義務が課されています。

この記事では、応召義務の基本的な意味から、どのような場合に違反となるのか、どのようなケースであれば診療を拒否できるのかについて、わかりやすく解説します。

応召義務とは?

応召義務とは、簡単に言うと「医師は、患者から診て欲しいと求められたら、正当な理由がないのに断ってはいけない」というルールです。

医師が独占的に医療を行う権利を持っていることの裏返しとして存在する義務です。

 

応召義務の意味や読み方

応召義務は「おうしょうぎむ」と読みます。

「召(め)し出しに応じる」という意味で、患者さんからの診療の求め(召し)に対して、医師がそれに応じる義務、という意味になります。

 

なぜ応召義務があるの?目的は?

応召義務が存在する最大の目的は、国民の生命と健康を守ることです。

もし医師が「今日は気分が乗らないから」といった個人的な理由で診察を自由に断れるようになってしまうと、急病で苦しんでいる人が適切な治療を受けられず、命を落としてしまう危険があります。

また、医師という仕事は、国家試験に合格した人だけができる特別な仕事ですから、法律によってその仕事の内容が守られています。

このように特別な権利を与えられている以上、社会に対して「必要な時には助ける」という責任を負うのが公平ということで、応召義務があります。

なお、かつては、この義務は非常に厳格に捉えられていましたが、近年の医療環境の変化や、医療従事者の働き方改革の流れを受けて緩和される傾向にあります。

厚生労働省は2019年に新しい通知を出して、どのような場合に診療を拒否できるのかという基準を明確にしています。

 参考:応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について|厚生労働省

 

応召義務の法的根拠

応召義務の直接的な根拠となっているのは、医師法第19条1項です。

医師法第19条第1項
第十九条 診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。

引用:医師法|e-Gov法令検索

歯科医師についても歯科医師法第19条1項に同じ内容の規定があります。

ここでポイントになるのは、「正当な事由」という言葉です。

「正当な事由」があれば診察を断っても良いということになりますが、何が「正当」にあたるのかについては、法律の条文だけでははっきりとわかりません。

そのため、過去の裁判での判断や、厚生労働省が出しているガイドラインを参考にして、個別のケースごとに判断していくことになります。

 

 

応召義務の対象となる職種とは?

応召義務の対象となる職種

法律(医師法・歯科医師法)で応召義務が明記されているのは「医師」と「歯科医師」の2職種です。

しかし、病院やクリニックで働く以上、医師以外の従業員が無関係というわけではありません。

看護師については、保健師助産師看護師法という法律がありますが、そこには医師法19条のような「診療を拒んではならない」という直接的な規定はありません。

しかし、実務上は、看護師や事務職員が独断で患者さんの診療を断ることは許されません。

受付で「今日は忙しいから帰ってください」と事務職員が追い返してしまい、その結果として医師が診察しなかった場合、その責任は医師、あるいは病院を経営する会社が負うことになります。

病院においては、医師の応召義務を全うするために、他の従業員も協力して適切な対応を行う義務(雇用契約上の義務など)がある場合もあるでしょう。

また、助産師については、保健師助産師看護師法第45条に、医師法と同様の「助産の求めがあった場合の拒絶禁止」の規定があります。

このように、命を預かる専門職には、それぞれの法律によって似たような責任が課されています。

 

 

応召義務に違反するケースとは?

応召義務に違反するケース、つまり、医師が患者さんを診察しないことについて「正当な理由」がないと判断されたケースを具体的に見ていきましょう。

引用:医師の応召義務について|厚生労働省

特に有名な3つの裁判例をご紹介します。

判例① 泥酔した患者への対応と責任(神戸地裁平成4年6月30日判決)
この事例は、お酒にひどく酔って暴れている患者に対し、医師がどこまで責任を負うべきかが争われたものです。
患者は階段から転落して頭を打ち、救急車で病院に運ばれてきました。
しかし、患者は泥酔しており、医師や従業員の指示に従わず、診察を拒んで暴れるような状態でした。
医師は「これでは十分な検査ができない」と判断し、それ以上の積極的な診察や入院措置を行いませんでした。
その後、患者は容体が悪化し、頭蓋内出血が原因で亡くなってしまいました。
裁判所は、医師に過失(かしつ:落ち度)があったと認め、損害賠償を命じました。

裁判所は、「患者が泥酔して協力しないからといって、そのまま放置して良いわけではない」と判断しました。

判例② 専門外や設備不足を理由とした転送の遅れ(千葉地裁昭和61年7月25日判決)
この事例は、自分の病院では対応が難しい患者が来たときに、どのような行動をとるべきかが問われたものです。
患者は激しい腹痛を訴えて来院しましたが、その病院には必要な検査機器が十分に揃っておらず、担当した医師もその分野の専門ではありませんでした。
医師は「うちでは診られない」と考え、他の病院へ行くように勧めましたが、適切な転送(病院の紹介や手配)の手続きが遅れてしまいました。
結果として、患者さんは適切な治療を受けるのが遅れ、重い後遺症が残ってしまいました。

裁判所は、医師が速やかに適切な病院を手配しなかったことを、応召義務の本旨に反する過失であると判断しました。

判例③ 診療時間外の電話相談への対応(名古屋地裁昭和58年8月19日判決)
この事例は、夜間や休日など、診療時間外に電話で診察を求められたケースです。
乳児の保護者が、夜間に子どもの容体が急変したため、かかりつけの医師に電話で診察を求めました。
医師は電話口で状況を聞きましたが、「今は診療時間外であること」や「自分の体調も万全ではないこと」を理由に、直接の診察を断り、他の病院へ行くよう指示しました。
しかし、その後乳児は亡くなってしまいました。

裁判所は、医師が電話だけで判断し、対面での診察を拒否したことについて、正当な理由がないと判断しました。

当時の状況からして、医師が診察を行うことは物理的に可能であり、症状の重さを考えれば、時間外であっても診察すべきであったとされたものです。

 

 

応召義務に違反したときの罰則やペナルティ

応召義務違反の結果として生じるペナルティは、大きく分けて「行政処分」「民事責任」「刑事責任」の3つのルートがあります。

 

行政処分

まず「行政処分」についてです。

医師法第7条には、医師としての品位を損なうような行為があった場合、厚生労働大臣が「戒告(かいこく:厳重注意)」「3年以内の医業停止」「免許取消し」などの処分を下せると定められています。

応召義務違反を繰り返したり、その内容が悪質であったりする場合、医師としての資格そのものを失う可能性があります。

 

民事責任

次に、最も現実的に起こりうるのが「民事責任」としての損害賠償です。

診療を拒否したために患者さんの病状が悪化したり、亡くなってしまったりした場合、患者側やそのご家族から「義務を果たさなかったせいだ」として訴えられることになります。

この場合、慰謝料や将来得られたはずの利益(逸失利益)など、数千万円から数億円にのぼる賠償金が発生することもあります。

これは医師個人だけでなく、その医師を雇用している会社(病院)も「使用者責任」として連帯して支払わなければなりません。

 

刑事責任

最後に「刑事責任」です。

医師法には、応召義務違反に刑事罰を科す定めはありません。

ただし、診療拒否の結果として患者が死傷した場合、「業務上過失致死傷罪」に問われる可能性はゼロではありません。

「診なかったこと」が、プロとしての注意義務を怠ったと判断されれば、警察の捜査対象となり、刑事裁判に発展する恐れがあります。

 

その他(社会的信用の失墜)

これらに加えて、現代社会において無視できないのが「社会的信用の失墜」です。

「あの病院は急患を見捨てた」というニュースがネットやSNSで拡散されれば、病院の評判は一気に落ち、経営に壊滅的な打撃を与えます。

従業員の採用にも支障が出ますし、既存の患者さんが離れていってしまうかもしれません。

 

 

応召義務違反とならない正当な事由とは?

ここまで「診療を拒んではならない」という厳しい側面を見てきましたが、医師も一人の人間であり、病院の設備や人員にも限界があります。

そのため、特定の条件を満たせば、診療を断っても「応召義務違反」にはならない、つまり「正当な事由がある」と認められます。

厚生労働省が2019年に出した通知(医政発1225第4号)により、この「正当な事由」の範囲がかなり具体的に示されました。

参考:応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について|厚生労働省

「正当な事由」は様々な要素を総合的に考慮して判断されますが、重要な要素が、

  • 緊急性の有無
  • 診療時間内か否か
  • 医師と患者との信頼関係が崩れていないか

といった要素になります。

特に、緊急性の有無によって場合分けすることができます。

 

緊急の場合

まず、患者さんの容態が深刻で、命に関わるような「緊急」の場合から見ていきましょう。

緊急時には、応召義務は重く課せられます。

この場合、診察を拒否して違反となる代表的なケースは、自院に設備があり、かつ物理的に対応が可能であるにもかかわらず、個人的な理由や事務的な理由で断る場合です。

特に、診療時間内・勤務時間内の場合には、医師と患者との信頼関係が崩れるような事情がないかなど、諸事情を総合的に見て、事実上診療が不可能といえる場合でなければ、応召義務があります。

一方で、診療時間外・勤務時間外の場合には、応急処置をとることが望ましいとはされていますが、法的に応召義務があるとはされていません。

なお、応急処置についても求められる対応の程度は低いとされています。

 

緊急性がない場合

非緊急の場合であっても、特に診療時間内・勤務時間内の場合には、応召義務が認められる場合があります。

ただし、緊急対応の必要がある場合に比べて、応召義務が発生する範囲は狭く、「正当な事由」について緩やかに解釈されています。

非緊急かつ診療時間外・勤務時間外の場合には、即座に対応する必要はなく、診療を拒むことも正当化されやすいです。

(ただし、この場合でも、診療時間内の他の医療機関を紹介するなどの対応が推奨されます。)

 

具体的な事例

患者の迷惑行為

軽易な迷惑行為があるだけでは、応召義務が発生することも少なくありません。

ただ、患者の迷惑行為が悪質な場合で、いくら注意をしても改善が見られない等によって医師と患者との信頼関係が失われている場合には、診療を拒むことも認められます。

 

医療費不払い

過去に医療費の不払いがあったとしても、それだけで直ちに診療拒否することは認められません。

一方で、支払能力があるにもかかわらずあえて支払いを拒み、複数回分の治療費を未払いにしているなど悪質なケースであれば診療しないことが正当化されることもあります。

 

差別的な取扱い

差別的な理由で診療を拒むことは認められません。

ただし、言語が通じない、宗教上の理由で診療行為が困難である場合などであれば診療を拒むことが認められるケースもあります。

 

 

カスハラ(モンスターペイシェント)への対処法

医療現場において、近年大きな課題となっているのが「カスタマーハラスメント(カスハラ)」、いわゆるモンスターペイシェントへの対応です。

結論から言えば、現代の解釈では、度を越した迷惑行為を行う患者さんに対しては、応召義務を恐れずに診療を拒否、あるいは退去を求めることが可能です。

むしろ、他の患者さんの安全や、従業員の心身を守るために、病院として毅然(きぜん)とした対応をとることが求められます。

具体的な対処法を見ていきましょう。

カスハラ(モンスターペイシェント)への対処法

 

警察への通報

まず、暴力や明らかな脅迫があった場合は、即座に警察へ通報しましょう。

これは医療以前の問題であり、刑法上の犯罪です。

「患者さんだから我慢しなければならない」と考える必要はありません。

 

注意しても改善されない場合は診療を断る

次に、大声で怒鳴り続ける、長時間にわたって不当な要求を繰り返すといった行為については、医師と患者との信頼関係の破綻があるという評価ができる場合が多いです。

これは診療を断る正当な理由になります。

 

記録の重要性

この際、重要なのは「記録」です。

いつ、どこで、誰が、どのような言動をしたのか、従業員が詳細にメモを残したり、必要に応じて録音を行ったりすることが、後の法的トラブルで会社を守る強力な武器になります。

 

組織としての対応

また、一人の従業員に対応を任せきりにせず、組織として対応する体制を作ってください。

事務長や院長、場合によっては警備員が介入し、「これ以上の行為があれば診療をお断りします」と文書や口頭で明確に警告を発することが有効です。

 

医療に強い弁護士に相談する

カスハラ対応は、一歩間違えるとSNSでの炎上や「不当な診療拒否」というイメージ低下のリスクを伴います。

そのため、早い段階で医療法務に精通した弁護士に相談することをお勧めします。

弁護士は、その患者の行為が法的に「診療拒否できるレベル」に達しているかを客観的に判断し、必要であれば病院に代わって警告文を送付したり、交渉の窓口になったりすることができます。

会社が弁護士と顧問契約を結んでいれば、現場の従業員も「いざという時はプロが守ってくれる」という安心感を持って働くことができます。

 

 

応召義務についてのQ&A

よく聞かれる応召義務に関する疑問について、Q&A形式で解説します。

 

看護師に応召義務はありますか?

厳密な法律上の意味では、看護師に応召義務はありません。

医師法第19条が定める応召義務は、あくまで「医師(および歯科医師)」を対象としたものです。

看護師を規律する「保健師助産師看護師法」には、医師法と同様の診療拒否禁止規定は定められていません。

したがって、看護師が診療を拒否したからといって、医師法違反に問われることはありません。

ただし、注意が必要なのは、実務上の責任です。

看護師は医師の指示のもとで業務を行う立場にあり、病院を経営する会社との雇用契約に基づいて働いています。

もし、看護師が独断で、医師の確認も取らずに救急患者を追い返し、その結果として事故が起きた場合、看護師個人の「善管注意義務違反(プロとしての注意を怠ったこと)」や、会社としての責任が問われる可能性があります。

「法律に書いていないから関係ない」と考えるのではなく、チーム医療の一員として、医師の応召義務を適切にサポートする役割があることを意識しておくことが大切です。

 

診察の待ち時間が非常に長いことや、ベッドが満床であることを理由に診療を断ることはできますか?

結論から言うと、患者さんの緊急性によって判断が分かれます。

​命に関わるような緊急事態であれば、たとえ満床でも応急処置を行う義務があります。

​一方で、緊急性がなく待ち時間が非常に長い場合は、他の病院を案内しても「応召義務違反」にはなりません。

​従業員の方は、まず患者さんの状態を確認する「トリアージ(緊急度の判定)」を丁寧に行ってください。

​もし医師が「今は診なくても命に別状はない」と判断すれば、別の医療機関を勧めることは正当な対応です。

​会社(病院)としては、混雑時の対応マニュアルを整備し、従業員が迷わず案内できる体制を整えておくことが重要です。

 

病院のルール(院内規則)を守らない患者を拒否できますか?

結論から言うと、病院のルールを守らず、迷惑行為を繰り返す場合は診療を拒否できる可能性が高いです。

​飲酒や暴言、無断撮影などは、医師と患者の信頼関係を壊す「正当な理由」になります。

​会社(病院)として、まずはルールを守るよう注意を行い、それでも改善されない場合はお断りすることが可能です。

​従業員の安全を守るためにも、迷惑行為の内容は日時を含めて詳しく記録に残しておきましょう。

​ただし、どんなに態度が悪くても、今すぐ処置が必要な命の危険がある場合は、救命を優先してください。

​トラブルを避けるために、あらかじめ「迷惑行為があった場合は診療をお断りする」という掲示を院内に出しておくことが効果的です。

 

 

まとめ

今回は、応召義務の基本的な意味、違反となるケース、そして正当な理由で診療を断るための基準について詳しく解説しました。

応召義務は、日本の医療を支える重要なルールですが、それは決して「医師や従業員が犠牲になって、どんな不当な要求でも受け入れなければならない」という意味ではありません。

医師の働き方や現場の安全を守るための「診療拒否」も、正当な手続きを踏めば認められるようになっています。

ぜひ、この記事が、読者の方のご理解に役立って、今後の医療現場における無用なトラブルを避け、安心して良質な医療を提供するための一助となれば幸いです。

応召義務やモンスターペイシェント対応、その他医療法務に関するトラブルでお悩みのことがございましたら、どうぞお一人で抱え込まず、私たちデイライト法律事務所にご相談ください。

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