経営権を獲得するための株式取得策

  
執筆者
弁護士 西村裕一

弁護士法人デイライト法律事務所 北九州オフィス所長、パートナー弁護士

保有資格 / 弁護士・入国管理局申請取次者

中小企業では、現在後継者がいないことが問題となっています。

政府の統計によると、中小企業の経営者の平均年齢は、65歳以上となっており、多くの中小企業の経営者が後継者を探して事業を託すか、廃業をするかを迫られている状況にあります。

また、政府の統計によれば廃業を予定している中小企業の経営者は、5割にのぼるそうです。

廃業倒産廃業自体は悪い事ではありませんが、事業の継続が可能であるにもかかわらず廃業するというのは、それまで培ってきたノウハウや経験、ヒトやモノといった貴重な資源を0にしてしまうことであり、とてももったいないことです。

そのため、当事務所では、廃業をしないために、どのように事業承継をしてくべきかを顧問企業を中心にアドバイスさせていただいております。

この記事では、株式会社の事業承継の中で、悩みどころである株式の承継について、説明をしていこうと思います。

株式会社における経営権

地図日本では、企業(個人事業主も含む)が400万社以上存在すると言われており、株式会社の形態をとっている会社が最も多く、190万社程度あるそうです。

これらの株式会社がすべて稼働しているものではないですが、企業のうち、株式会社が半分程度を占めていることが分かります。

そして、株式会社で最も重要なのが、「株式」です。

株式会社には、株主総会や取締役会、監査役会などの機関が設けられることになりますが、株主総会は会社の意思決定機関であり、取締役の選任などをはじめ、重要な事項を決める機関となります。

つまり、株主総会での議決権の割合をどの程度保有しているのかが経営権獲得にとって重要になるのです。

具体的には、どのようなことが株主総会の決議で決定されるのでしょうか。まず、株主総会の決議には、以下のとおり複数の決議方法がありますが、重要な内容になる程、決議の要件は重くなっているのがわかりますね。

定足数 決議数
普通決議(309条1項) 行使可能な議決権の過半数(定款で全廃可能) 出席株主議決権の過半数以上
特別決議(同条2項) 同上(定款で3分の1まで軽減可能) 出席株主議決権の3分の2以上
特殊決議(同条3項) 議決権行使可能株主の半数以上(頭数)
かつ
当該株主の議決権の3分の2以上
配当・議決権等に関する
特殊決議(同条4項)
議決権行使可能株主の半数以上(頭数)
かつ
当該株主の議決権の4分の3以上

まず、普通決議の対象となるのは、取締役の選任や解任、剰余金の処分などです。

また、特別決議の対象となるのは、後述する全部取得条項付種類株式の全部の取得や譲渡制限株式の相続人等に対する売渡請求、定款変更、事業譲渡の承認などです。

そのほか、特殊決議は上記の表に掲げた程度で、あまり対象は多くありません。

つまり、経営権の確保のためには、最低限、議決権のうち3分の2以上を保有して特別決議が可能な状態にしておけばよいということになります。以下では、その主な方法を説明します。

 

経営権の安定を図る方法

株式の重要性を再確認していただけたと思いますので、次に、その株式を取得する等して経営権を確保する方法をご紹介いたします。

合意による取得

一番簡便なのは、話し合いによって合意で株式を売却してもらったり譲ってもらうことです。この場合、経営者又は後継者が株式を譲ってもらうことのが分かりやすいですが、後継者等には買い取る余力がなく、会社の資金がある場合には会社自身が買い取るということも考えられます。

合意による解決はもっとも好ましいものですが、他の株主と不仲であったり、敵対関係にあったりする場合には、なかなか金額で折り合いがつかないということになるでしょう。

なお、譲渡制限株式であると譲渡承認の手続きが必要になりますので、その点は注意をしていただきたいと思います。

会社による相続時の売渡請求権の行使

会社の定款に、「譲渡制限株式を保有する株主が亡くなって相続が発生した場合、その相続人に対し、その株式について売渡を請求すること」を定めておくことで、会社が譲渡制限株式の売渡を請求することができます。

売渡請求期間

この請求をするためには、会社が相続があったことを知った日から1年の間に、株主総会の特別決議を経て売渡の請求をすることが必要になりますが、相続によって承継する者はこの決議に加わることができません。

売買価格の決定

このときの売却額については、相続により株式を承継する人と会社で話し合うことになりますが、当事者間で協議が調わない場合には、売渡請求があった日から20日以内に裁判所に売買価格の決定の申し立てをすることになります。そして、裁判所が売買価格を決定してくれるのです。
もし20日以内にこの申し立てをしない場合には、売渡請求自体が効力を失い、もう一度特別決議が必要になってしまいますので、注意してください。

注意点

この売渡請求は、会社の定款に定めがないとできませんので、定款に定めのない場合には、定款変更の手続きを取っておく必要があります。
また、売渡請求の定款の定めをしたのちに、先代経営者が亡くなってしまった場合には、その経営者の承継者が売渡請求の対象者になってしまいますので、会社支配権が奪われることにもつながりかねませんので、気をつける必要があります。
最後に、この売渡請求によって会社が取得する株式は「自己株式」ですので、買取金額が、「剰余金の分配可能額」を超えないことを確認することが必須となります。

議決権制限株式

株式を取得する方法ではなく、議決権行使を制限することによって、経営権を確保する方法です。

定款に定めることで、議決権株式を発行することができますが、株主総会において、特別決議が必要になります。決議後、普通株式の一部を議決権制限株式に変更する手続きをとることになりますが、株主の同意なく変更できるわけではありません。

そのため、普通株式を議決権がない株式に変更するインセンティブとして、議決権がない株式は配当を多くした株式にするといったことが必要になるでしょう。

特別支配株主の株式等売渡請求権

議決権の10分の9以上を有する特別支配株主は、当該株式会社の株主の全員に対し、その有する当該株式会社の株式の全部を売り渡すことを請求することができます。

この制度は、平成26年の会社法改正によって設けられたもので、すでに会社の経営権を有している場合に、残りの株式が分散しないようにするためには有効となります。

全部取得条項付種類株式

少数株主の締め出しをするもっともドラスティックな方法として、全部取得条項付種類株式を利用する方法があります。

この方法は、近年訴訟にもなっており、裁判例もあるところですので、リスクも踏まえた上で行う必要があります。この方法を利用した場合の手続はいくつかありますが、下記には裁判例にもなった例を挙げておきます。

手続き

① 特別決議において、種類株式を発行する定款変更を行い、全部取得条項付種類株式と議決権制限株式を発行できるようにします。
② 現行株式を全部取得条項付に変更します。
③ 先代経営者または後継者に、普通株を発行して割り当てをすることを決議します。
④ 会社が全部取得条項付株式の取得の総会決議をして、取得します。

取得の際の対価

全部取得条項付株式を用いた場合の対価は、株主総会の決議で決定するものであるが、異議がある場合には、「取得日の二十日前の日から取得日の前日までの間に、裁判所に対し、株式会社による全部取得条項付種類株式の取得の価格の決定の申立て」をすることができます。つまり、結果として裁判所の決定した適正額を対価とすることになるのです。

締め出された少数株主が④の株主総会決議の取り消しができるか

裁判

会社法には、株主総会決議の取消事由が定められており、「少数株主の締め出し」が、その取消事由のうち「特別の利害関係を有する者が議決権を行使したことによって、著しく不当な決議がされたとき」に該当するかが争われた裁判例がいくつかあります。
結果として、東京地判平成19年10月31日では、取消事由に該当するとして、株主総会決議を取り消しました。
その一方、東京地判平成22年9月6日では、「決議が著しく不当である」というためには、「単に会社側に少数株主を排除する目的があるというだけでは足りず、同要件を満たすためには、少なくとも、少数株主に交付される予定の金員が、対象会社の株式の公正な価格に比して著しく低廉であることを必要とすると解すベきである」としています。
このことから、東京地裁の中でも結論が分かれていることがわかります。
もっとも、平成22年9月6日の裁判例が刊行物に載ったため、現在では、「少数株主に交付される予定の金員が、対象会社の株式の公正な価格に比して著しく低廉であることを必要とする」という考え方で良いかと思います。
ただし、まだ高裁や最高裁の判断がないところですので、このような決議取り消しのリスクがあることだけは覚えておく必要があります。

 

税金についても注意を

税法とお金株式を取得する場合には、株式を適正に評価しないと、思わぬ課税を受ける可能性がありますので、注意が必要です。

株式の評価については、原則的評価方式か特例的評価方式か、会社の規模はどのくらい(大企業なのか、小企業なのか)によって変わってきますので、株式評価の詳細についてはこちらをご覧ください。

株式を時価より低額で売買した場合

株式が時価より低額で売買された場合には、売主も買主も個人の場合には買主に贈与税が、買主が個人で売主が法人の場合には買主に一時所得として所得税が課される可能性があります。

これは、安い部分が実質的には買主への無償での贈与と判定されていると考えればわかりやすいかと思います。

株式を時価より高額で売買した場合

株式が時価より高額で売買された場合には、売主も買主も個人の場合には売主に贈与税が、買主が個人で売主が法人の場合には売主に益金が生じて法人税が課される可能性があります。

これは株式を時価より低額で売買した場合とは逆で、高い部分が実質的には売主への無償の贈与と判定されていると考えてください。

特例制度を念頭に

株式の贈与をする場合には、「非上場株式等についての相続税(又は贈与税)の納税猶予及び免除の特例」や相続時精算課税制度などを用いた節税策を検討することも必要です。

 

税理士登録もした弁護士が在籍する当事務所にご相談ください

弁護士税理士

以上、先代経営者から後継者に経営を引き継ぐ際に、株式を3分の2以上取得させて経営権を安定させることが大事なのですが、そのためにはどの手続を用いることができるのか、どの手続にどのようなメリットデメリットがあるかを検討する必要があり、その判断は法律や税務の観点をはじめ、様々な観点から検討しなくてはなりません。

そのため、事業承継の際には、弁護士や税理士、その他の専門家が連携して手続きを行うべきです。

ロゴ当事務所では、弁護士だけではなく税理士登録もした弁護士が在籍しており、その他の士業とも連携をしておりますので、その企業に合わせた提案を行うことができますから、まずは一度ご相談ください。

円滑円満な事業承継のポイントについては、こちらをご覧ください。

 

 

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