弁護士コラム

弁護士が教える!交渉の流儀

ビジネス・スキル
執筆者
弁護士 宮崎晃

弁護士法人デイライト法律事務所 代表弁護士

所属 / 福岡県弁護士会・九州北部税理士会

保有資格 / 弁護士・MBA・税理士・エンジェル投資家

スタンス

価値創造型の交渉を心がける

最も大切なことは、自分自身が価値を奪い合うというスタンスではいけないということです。

もちろん、事案にもよりますが、基本的に、交渉は「相手方との共同作業により価値を創造する過程である」ことを肝に銘じ、交渉に臨むべきです。

 

準備事項

相手方を把握する

交渉を成功させるには情報がすべてといっても過言ではありません。

まず、交渉の相手方を把握します。

その当事者の属性(性別、年齢、職業、役職、性格、年収)や立場(加害者側、被害者側、権利者、義務者等)について、情報を集めることが大切です。

また、目の前の方が実質的な相手方とは限りません。目の前の相手方の背後に実質的な意思決定権者がいることがあります。その場合、その背後の意思決定権者が真の当事者となります。

例えば、自動車の売買を考えてみましょう。自動車を購入しようとしている世帯が、夫、妻、子どもの家族の場合、夫が購入者となり、名義人となることが多いでしょう。また、お金を払うのも夫の場合が多いでしょう(夫の給料から支払われます。)。

しかし、実質的な意思決定者は、夫ではなく、妻であることがあります(財布の紐を握っているのが妻であることは実際にも多いでしょう。)。

このような場合、自動車販売のディラーは、夫だけではなく、妻の影響力を考えて交渉することが重要となります。

また、世帯年収、職業、性格、現在使用している自動車についての情報(車検の期限、登録年、自動車ローンの有無と程度、走行距離)などの情報もあると、交渉を円滑に進めることができるでしょう。

 

 利害関心を洗い出す

交渉においては、相手方の利害関心を洗い出すのが重要です。

利害関心は、相手方ですら気づいていない場合もあります。
利害関心については、事案ごとに様々なものが考えられますが、交渉を行う事案において、想定される相手方の利害関心について、事前に洗い出しておくと、交渉が円滑に進むことがあります。

例えば、上述した不当解雇をめぐる労働事件のケースでは、当事者の表面上の利害関心は、「復職」でした。

しかし、労働者は「復職」よりも、多額の解決金を獲得したいと考えるケースが多くあります。

このようなケースでは、「復職」のほかに、「解決金」が利害関心となります。
また、その他に、「離職理由」(注1)、「口外禁止条項」(注2)、「清算条項」(注3)等が利害関心として想定されます。

注1 離職理由とは、自己都合、事業主都合、重責解雇等で、いずれの理由かで失業保険の有無と額、会社は助成金への影響が考えられます。したがって、労働事件では利害関心となることがあります。

注2 口外禁止条項とは、示談の有無とその内容について、他に口外(漏洩)しないとする条項です。労働事件では、解決金等を支払ったこと(受け取ったこと)を知られたくないと感じることが多く、利害関心となることがあります。

注3 清算条項とは、当該紛争について示談した内容の他には一切何も請求できないという条項です。示談交渉等においては紛争の蒸し返しを防ぐために当事者の重要な利害関心となります。

 包括的な留保価値を決めておく

留保価値(RV:Reservation Value)とは、交渉において得たい最低限の価値(ボトムライン)をいいます。

仮に、最終的な相手方の提示内容が当方の留保価値より下回れば、交渉を成立させないことになります。留保価値を決めておくことは意味のない交渉を長引かせないこととなるので重要です。

この留保価値は、不調時対策案(BATNA:Best Alternative To a Negotiated Agreement)が直接的な影響を与えます。

不調時対策案とは、当該交渉が合意に至らなかった場合に取りうる選択肢の中で最良の選択肢をいいます。

 

ここで、交通事故を例にあげて整理してみましょう。

車

 

交通事故の被害者が加害者に損害賠償を求めて示談交渉している事案です。

ケースにもよりますが、被害者は、裁判等の負担を考慮すると早期に示談交渉で解決したいと考えている場合が多いです。

 

示談交渉が不調に終わったときの対策としては、訴訟提起(裁判)があります。
例えば、過去の裁判例の蓄積等から、もし、判決となったときは賠償金の見込額が1000万円だったとします。
しかし、訴訟では、判決まで1年ほど要することがあります。また、訴訟の弁護士費用が50万円だったとします(保険に弁護士特約がついていなかったとします。)。

上記のようなケースにおいて、被害者の方が示談による早期解決を前提としても、900万円は最低限得たいと決定したとします。

すると、留保価値は900万円となります。

 

この事案では、仮に、加害者側が900万円以上の示談金を提示しなければ、不調時対策案である訴訟へ移行することとなります。

ただ、利害関心は「賠償金」だけではありません。このような事案では、「支払い方法」(一括か、分割払いか、支払日など。)も利害関心となります(加害者が任意保険に入っていない場合など。)。

分割払いの場合、回収できなくなるというリスクも存在します。

そこで、例えば、900万円だったら一括払い、1年間の分割払いであれば950万円などのように、包括的な留保価値を決定しておきます。

なお、仮に加害者側が自らの留保価値として、賠償金の条件を1100万円、支払い方法を一括払いと決定していたとします。

 

この場合、900万円から1100万円の範囲を交渉可能領域(ZOPA:Zone Of Possible Agreement)といいます。
交渉と一口に言っても、ビジネスにおける取引、示談交渉といったものから、家族の会話(夕食をなににするかなど)などの日常的なものまで、様々なものがありますが、重要なものほど上記に掲載した準備が必要となります。

 

交渉場面

以上の準備を踏まえて、交渉に望みます。
交渉の場面においては、価値創造を行なうには以下の点がポイントとなります。

相手方との信頼関係を構築する

相手方から情報を開示してもらうためには、当方に対する警戒心、偏見を払拭してもらうことが重要です。

そのために、以下の2点がポイントとなります。

①差し障りがない範囲で、当方の情報を先行的に開示する

当方の情報を開示することで、相手方が安心してくれることがあります。
もっとも、当方の不必要な情報ばかり与えると不利働くことがあるため注意が必要です。

事案にもよりますが、基本的に、開示してもよい情報は、当方の利害関心、利害関心のウェイトです。ポイントは、絶対的な重要性を失うことなく、相対的な重要性を伝えることです。

反対に、基本的に開示に慎重となるべき情報は、当方の留保価値)、不調時対策案、手持ちの証拠資料等です。

②相手方を利する提案

相手方の信頼を得るために、当方にとって必要不可欠でなければ譲歩するようにします。自らも価値を分配するというスタンスが必要です。

上記、①②により、返報性の効果(相手方も情報を開示したり、当方を利する提案を行ったりしてくれる)も期待できます。

 情報を引き出しやすい環境を醸成する

ポイントとしては、共通の目的や目標を合意することです。

例えば、ビジネスの取引先との交渉では、「何とかこのプロジェクトを一緒に成功させましょう。」と言ったりすると、敵対的な感情ではなく、共同作業という意識が芽生えます。

また、ときには交渉の場所への配慮も必要です。
相手方の支配領域(自宅や会社)、当方の支配領域(自宅や会社)、当方と相手方の影響がない場所(貸し会議室など、)

交渉では強気な姿勢が重要として、相手方ではなく、当方の支配領域へ誘導すべきという見解もあります。

しかし、相手方の信頼を得るためには、むしろ、相手方の支配領域へ赴いた方が、誠意が伝わり、交渉が円滑に進むこともあります。

ケース・バイ・ケースによって使い分ける必要があります。

情報を集収する

ビジネス相手方の留保価値や不調時対策案など、重要な情報をいきなり引き出そうとしても、相手方は答えてくれず、むしろ、警戒心が増します。
ポイントは、まずは相手方が答えてくれそうな情報を引き出し、そこから推察するという手法です。

例えば、相手方の他の選択肢の情報から不調時対策案や留保価値を推察します。
また、相手方の周辺情報、背景情報から優先順位を推察します。

複数の利害関心を洗い出し、同時に交渉する

交渉において、価値創造ができるのは、それぞれの利害関心が異なるからです。

利害関心が一つしかなければ、価値の奪い合いになり、価値創造はできません。

そこで、複数の利害間関心を洗い出し、それを小出しにするのではなく、同時に提案して交渉します。

そうすることで、相手方の利害関心の違いが見えてくることがあります。

相手方の利害関心のウェイトは、相手方の拘り、感情の発露、会話量等によって推察可能です。

このようにして、利害関心の違いを利用して価値を創造するが可能となります。

客観的基準を示す

交渉においては、相手方が当方に対して、不信感を持っていることが多くあります。

不信感の中身はいろいろありますが、典型的なものとしては、「自分が正当な扱いを受けているか」というものがあります。

例えば、示談交渉の賠償金(慰謝料)の額について、加害者側である当方が300万円提示したとします。

相手方は、金額の高低というよりも、その額自体の妥当性が大きな関心事となります。

というのは、慰謝料というのは精神的苦痛を金銭に換算した額です。どの程度精神的に傷ついたかというのは計算が困難であり、額の妥当性についての判断ができません。

そのため、300万円という額を提示されても、「本来は、もっともらえるのではないか?」「自分は騙されているのではないか?」といった不信感が生じるのです。

このよう場合、客観的基準を示すことで、相手方を納得させることができる可能性があります。

例えば、上記の例だと、判例です。同種の事案における過去の裁判例がどういう結論であったかを示すことで、直面している事案の相場がわかり、納得させることができます。

法律問題では、判例の他に客観的基準となり得るものとして、学説、通達(行政解釈)等があります。

売買などの取引においては、不動産であれば、不動産鑑定書や査定書、上場会社の株式であれば株価(日経新聞)等が例としてあげられます。

これらは、当事者以外の第三者の判断であることから、客観的基準となり得ますが、信用性は異なります。

例えば、不動産の売買においては、不動産鑑定書の方が査定書よりも信用性が高いといえるでしょう。これは、不動産鑑定書の方がより専門性、公平性が高いと考えられているからです。ただし、不動産鑑定書はコストが高いため、費用対効果を考えて作成します。

当該事案にふさわしい客観基準の有無やその信用性の程度を検討し、必要に応じて相手方に示していくことが交渉を円滑に進めるポイントとなります。

 

 


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